幻想川蜻蛉 第弐話「釣神の眼」

Kawatombo Ken

2007年08月28日 13:24

長いこと釣りを趣味にしていると時に不思議なことに巡り合う・・・

正直に言って、私は釣りが下手である・・・
キャリアだけはそれなりなので、狙ったポイントへのキャスト、自然にフライを流すこと
この辺のテクニックはそれなりのものだと、自負している。
しかし魚はあまり釣れない。
そう、魚がどこに居るのか判らないのだ!!

釣友には「居ない所に投げても、釣れないよ」と言われてしまう始末。
もちろん、何度もこういう時にはこういう場所についているから云々、説明もしてもらっているのだが、どうにも上手く理解できない。
更に子供の頃から目が悪く、浮いている魚も見つけることが出来ない。
「魚を見つけることは、視力とはあまり関係がない」とは言われるものの、見えないものは見えないんだ!!

そんな訳で、条件が最高の時でさえ、せいぜい3匹が良い所。
3回釣りに行けば2回は「坊主」で、がっかりした顔で帰宅する・・・こんな調子だ。
『下手の横好き』、この言葉が私ほど似合う釣人は他にいないのかもしれない。

そんな私が、とある夏の日、奥秩父にイワナを狙いに行いくことにした。
「イワナを狙う」・・・失笑!釣るのでは無く狙うのだ。私には似合いの言葉かもしれない。
入渓ポイント近くの道端で、釣りの支度をしていると
いかにも上手そうなFFマンが声を掛けてきた。
この川は、入渓ポイントが少なく、最近熊の目撃例も数多いということもあり、
2人で一緒に釣り上がりましょう、と言うことになった。
「私は、下手ですよ・・・」一言付け加えるのを忘れずに。

一緒に釣り上がると、そのFFマン(Tさん)は実に魚を見つけるのが上手いことに気が付いた。
狙ったポイントからは、ほぼ確実に魚を釣り上げ(何故かつまらなさそうに)、
私へのアドバイスも的確だった、いや的確過ぎるほどだった。
「その白泡の下に、良いサイズのイワナが居ますよ!」(白泡の下の魚も彼には見えるのだ!?)
攻めてみるが、反応なし
「フライをアントに代えて、一旦沈めてみると反応すると思いますよ。」
彼の言う通りにアントに替えて、落込みに直接ぶち込んで沈ませ、フライが浮き上がってくると・・・
ガボッ!!「うぉぉおおお!!!」
なんと、数年ぶり(管釣以外では初の)尺イワナだった!!

・・・
・・・
・・・
この日は、彼のアドバイス通りに釣をして、先ほどの尺物を筆頭に人生初の「ツ抜け」達成。
彼の指定するフライを、指示どおりの場所に流すと、ほぼ100%魚が喰い付いて来るのだから、当然と言えば当然の釣果だ。
「なかなか上手じゃないですか」
「いやいや、Tさんのアドバイスのおかげですよ」
「そうは言っても、キャスティングやドリフトのテクニックはかなりのレベルだと思いますよ」
「魚がどこに居るか判らないんですよ・・・」
車止めの場所に戻りながら、普段は全く釣れない事、教えてもらっても魚がどこに居るのか判断できないことなど
いつもの愚痴に近い会話をした。

するとTさんは、深く頷いて
「実はですね、ちょっと前まで私も見えなかったんですよ」
「えっ?まさか!だって、白泡の下の魚まで見えるなんて普通じゃないですよ。なんかコツでもあるんですか?」
「いや、コツと言うか・・・」
彼は何故か申し訳なさそうに
「見えるようになりたいですか?」
「そりゃあ、なりたいに決まってるじゃないですか!」
「でも・・・釣りがつまらなくなりますよ」
「そんなわけ無いでしょ!?実際今日はもの凄く楽しかったですし」
「・・・・・・判りました。信じられないかも知れませんが、本当のことなんで、よく聞いてください。」

彼は妙な事を話し始めた
「私も、とある人から教えてもらったんですが、
この川の先、二股に分かれた右側の支流の側道を2kmくらい歩いていくと、左側に鳥居がありますから、
鳥居をくぐって、山道を登っていくと小さな祠があるんです。
その祠の扉を開けると、お札が入っているはずです。
そしたら、お札を開いてみて下さい。
私の名前が書いてありますから、その名前にバツをつけて、あなたの名前を代わりに書いて、お札を元に戻してください。
そうすれば、魚が見えるようになるはずです。」

「おまじない・・・ですか?」
半分あきれ顔で、ため息混じりにこう言うと。
「いいえ、違います!本当に見えるようになりますよ!!」

あまりにも彼が真剣に言っていたこともあるが、
もしもTさんが私をからかっているのだとしても、今日の爆釣のお礼に引っかかってあげても良いかな?なんて考え、
Tさんと別れた後、半信半疑ながらもその場所に向かってみることにした。

Tさんの言う通りに山道を歩いていくと、本当に祠があり、
その扉を開けると、黄色く変色したボロボロのお札が入っていた。
『太公望の眼』、お札にはそう書いてあった。
お札を開くと確かにTさんの名前が書いてあったが、それ以外にもバツを付けられた名前が沢山・・・数十人分くらいの名前があったのだ。
その名前の中には、私ですら知っている超有名な釣人の名前も!!?(故人ということもあり、ここで名前を明かすことは出来ません)
「本物だ・・・・」
何故か私はそう確信し、言われたとおりにTさんの名前にバツを付け、自分の名前を書きお札を元に戻した。
その時は、特に何も変わったような気はしなかったのだが

すでに辺りは薄暗くなり、そろそろ車に戻らなければ日が暮れてしまう。
山道を下り、川の側道を歩き、本流との合流点付近の橋に差し掛かったときには、
すでに水面が見えないくらいまで暗くなってしまった。
「これじゃあ、検証は出来ないなぁ」
少々残念に思いつつ、この日は帰路についた。

次の日『眼』のことが気になって仕方の無い私は、
「39度の熱を出し」会社を休まざるを得ない(笑)・・・と言うことで、いつものホームリバーへと向かった。
準備を整え、川原に立つと・・・

み、見える!
ポイントごとに魚の姿をはっきりと見ることが出来た。
イワナ、ヤマメなどの魚種はもちろん、警戒心の強い魚は赤っぽく、食い気のある魚は青っぽく見えた。
更に驚くことに、1匹の魚を凝視していると、その魚を釣るためにはどうしたら良いかまでが頭の中に浮かんでくるのだ!!!
Tさんが、私にあれほど具体的にアドバイスが出来たのは、こう言う訳なんだろう。
「これは凄い!これならどんな魚でも釣れるじゃないか!!」
しばらくの間、『眼』の能力の凄さに呆然としていたが、
魚の姿を見ているうちに居ても立っても居られなくなり、釣りを開始した。

もちろん、全ての魚が釣れた訳ではないが、
全く食い気の無い魚は、釣り様が無いし、
釣り方が判ってもそれを実行するだけのテクニックが無ければ釣れないこともある。
また、魚が掛かっても途中でバラす事もあった。

それでも、今までの事が嘘のように釣りまくった。
この日はなんと、先日のツ抜けを越える、20匹超えの釣果!!
顔中に満面の笑みを浮かべて、帰宅したのだった。

しばらくの間、この状況に満足していたのだが、
人間とは贅沢な物で、すぐに新たな不満が出てきたのだった。
「魚が見えて釣り方も判っているにも関わらず、釣れない。」
このことに我慢が成らなくなったのだ。
その日から、キャスティングなどのテクニックを磨く日々が始まった。
もちろん、自分がしていることが正しいのかは、魚に向かって投げてみれば一目瞭然なので(私の場合)
上達は非常に早かった。
わずか1年程で、食い気0の「釣れない魚」以外の魚は、全て釣ることが出来るまでのテクニックを身に付けたのだ。

1本の川に居る魚を、全て釣り尽くすと言うほどの、笑いが止らない釣行を何回か行き、
そしてある日・・・
何故だろう、ありえないはずの思いが、頭の中に浮かんできた。
「つまらない・・・」
全ての魚を釣ることが出来る能力と引替えに失った物は
「1匹の魚を釣り上げた時の感動」だったのだ・・・
40cmのイワナを釣っても、1日に100匹釣っても、全く面白くないのだ。
『眼』を手に入れる前、20cmのヤマメを1匹釣って大喜びできた日々が急に懐かしくなったのだった。
やる気が失せた私は、竿をしまって、川をぼんやりと眺めていた。

私は、人生で最高の楽しみを失ってしまったのだ!!
「釣れない」という釣りで一番楽しい事を・・・


その時、川原から「やったぁ~!!」という大きな声が聞こえてきた。
声の方を見ると、見覚えのある顔、Tさんだ!
竿の先には、20cm有るか無いかという程度のヤマメが。今の私なら狙う気も起きない程度の魚だ。
Tさんは、満面の笑みを浮かべて、ネットに入れたその魚を、何枚も何枚も写真を撮っている。
かつてあれほど上手だったTさんが、あんな魚を釣って喜んでいる。
恐らく、私がお札の名前にバツをつけたことで、『眼』を失ってしまったのに、何故?
何故、あんなに嬉しそうにしているんだろう?
もちろん今の私には判っていた。
そう、Tさんは私が失ってしまった物を、取り戻していたのだ!

Tさんの笑顔がまぶしかった、うらやましかった・・・
私は、あふれる涙を堪えることが出来ずに、その場から走り去った。

次の日から私は、釣り場をうろうろ歩き回り、釣人に片っ端から声を掛けまくった。
そして・・・
「よく、あんな所の魚まで見えますね。何かコツでも有るんですか?」
「見えるようになりたいですか?」
「そりゃあ、なりたいに決まってるじゃないですか!」
・・・
・・・
・・・

今日も全く釣れない・・・
もし今日釣れなければ、連続4回ボウズだ!
それだけは避けたいものだ、しかし・・・
『眼』を失って以来、また元通り釣れなくなってしまった。
いや、見えていたときの感覚に振り回されて、以前より更に釣れなくなったかも知れない。
「もう今日は、ダメだな・・・帰るか」
とその時、ポチャッと音がして、フライが消えた。
ヒィットォォ!!!

釣りあがってきたのは、15cmにも満たないヤマメ・・・
「いやったぁぁぁぁ!!!!!」
叫び声を上げて、震える手で大事に大事に、ネットに入れる。
そして、あっちからこっちから写真をパチリ!
釣れた場所の写真もパチリ!
ついでにセルフタイマーで、ヤマメちゃんとの2ショット写真もパチリ♪
何だかんだと、一時間近くも撮影会。
そして、お疲れのヤマメちゃんを、またも大事に大事にリリース・・・
そうこうしている内に、日が暮れていった。

「いやぁ、今日はいい日だった。」
ほぼ一月ぶりの魚を手にした私は、ニコニコしながら、意気揚揚と帰宅の途についたのだった。

Kawatombo Ken

この話も、もちろんフィクションです。
でも、あったら良いなぁ・・・・

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