息を切らせて家を出てきた私に
「カーナビセットしておいたから運転宜しくな、俺は一眠りさせてもらう」
と言い助手席の椅子を倒して横になったかと思ったら、あっという間に寝息をたて始めた
予想していた事とは言え、本当にワガママだこの人は!!しかし店長の車は私の憧れの車
「エルグランド」、運転させてくださいと頼むつもりでいた訳だし、そう考えればそんなに腹も立たない♪
「ん・・・?」
ふと見ると、コントロールパネルにメモが貼られている
「昼飯を買える場所、通過点に設定した。鮭・たらこ・昆布のおにぎりと500mlウーロン茶2本、金は立て替えておけ。」
・・・ギリギリまで寝てるつもりだよ、この人!?
加速を存分に楽しんだドライブは約2時間半、途中コンビニで二人分の昼飯を買って目的地に到着した!
本当に目的地まで一度も目を覚ますことなくキッチリ眠りきった店長・・・ずうずうしさもココまで来ると見事な物なのかもしれない(笑)
さてどう起こそうか?
下手に起こすと怒られそうな気がするし、起こさなければそれはそれで怒りそうな気もするし・・・
悩みつつエンジンを切ると、パチッ!気持ち悪いくらいあっさり目を覚まし身体を起こした
「ん、着いたのか・・・意外と早かったな」
途中SAやコンビニで泊まった時にはグーグー寝ていたくせに!!何で釣場に着いたときだけこんなにあっさり目を覚ますんだ?
「そりゃあ、大地を流れる龍脈を感じ取れれば簡単なことだ」
「な、そんな事まで出来るんですか!?」
「冗談に決まってるだろ!GPSに指定の位置に着たら振動で知らせる設定にしておいただけだ」
なるほど・・・しかし、なんで私が考えていた事が判ったんだろうか?
やめた!これ以上この店長の謎に踏み込むと頭がおかしくなりそうだ
目的地の目の前には
『私有地に付き、立入禁止』と書いた金網のゲートがある、店長の私有地はこの中だ
「ゲートを開けてくるから、車を中に入れろ」
店長の誘導に従って車を所定の位置に停め、準備を始めた
話によると、例のプライベートリバーは先ほど通り過ぎた川に
『土管』で繋がっているらしい
なんでも川を所有するのは法律的には結構厄介らしくて、
『人工的な排水路』と言う名目で私物化しているとの事だ
事実、すぐに伏流水となってしまう数箇所の湧き水を人工的に繋げたまさに水路な訳だから法律上は問題なさそうなのだが、こういう土管でつなげる形にしないと釣人が入ってきてしまうらしい
「さぁ行くぞ!」
そう言いつつ店長はロッドを持っていない、パックロッドだろうか?そんなに険しい場所とは聞いていないのだが・・・
「ロッドはパックロッドの方が良いんですか?」
「いや、俺はココでは『まだ』釣をしない事にしているんだ、まぁ気にするな」
「そうですか・・・」
「ほら、そこに投げてみろ!」
見ると、駐車した場所のほんのすぐ裏から
「いかにも!」な渓相が広がっていた
店長が指差した岩の巻き返しにフライを浮かべると
ゴボッ!
いきなり1投目から尺クラスのイワナが釣れた、さすがは店長所有の「良い所」半端じゃない!!
「凄いところですね!こんな良いイワナがいるんですね♪」
「ん?いやコレは下から上がってきた単なるイワナだ、下流に放して来い、邪魔だ!」
その後も、店長の見つけた邪魔な(?)尺イワナを3匹ほど釣り上げ下流に放してきた、私的にはコレで充分満足なんだが、この尺イワナを邪魔者呼ばわりするとは!?
一体上流には何が居るんだろうか!!
駆除(?)無事に終わり私は店長の後に続き、川の横に作られた側道を上流に向かった
渓相は水は少々少なめだが、大岩、落ち込み、瀬、淵・・・FFマンなら誰もが泣いて喜びそうな1級ポイントが連続していた!!
ココにも、ソコにも入りたいのに、店長は目もくれずにドンドン先に行ってしまう
ライズもバンバンしているし、かなり大きな魚影もアチコチに見える
勿体無いなぁ・・・そう思って川を恨めしそうに見つめていると
「じゃあ、投げるだけ投げてみるか?」
ため息をついて店長が言った
「はい!」
適当なポイントにフライを打ち込むと、またもや1投目で
ゴボッ!
お、相当な良型だ!魚影からすると尺上は確実だ!!
よし!!と合わせると、スッポ抜け・・・店長はニヤニヤしている
手応えは無かったからハリ掛かりしなかったんだろう、ならばまだチャンスはある
同じ場所にフライを投げると、またまた1投目で
ゴボッ!
今度はユックリ目に、一息ついてぇ~~それ!!
あれ?またもやスッポ抜けだ・・・店長は呆れ顔だ
その後5回投げて、5回とも食ってきたが全く手ごたえ無くスッポ抜け・・・
「ハハハハもう止めておけ、ここの魚は、お前じゃ釣れないんだよ」
意地悪そうに笑いながら店長が言った
「ス、スイマセン・・・へたくそで」
こんなに何度も反応するのに釣れないなんて、全く緊張しているのかな?
照れ臭さくて、そっぽを向いてラインを回収していると、上流で釣人らしい人影が目に入った
密漁者か!?
「店長!大変ですよ!!人が入ってます」
「ああ、あれは良いんだよ、まぁ知り合いだ・・・勝手に来て勝手に釣をしてる」
私の大声で向こうも気づいたらしく、右手を挙げて挨拶を送ってきた
店長もそれに応えるように右手を挙げ、特に声を掛けるでもなく、そのまま上流に向かった
車が無かったし、地元の人だろうか?
それにしても『この』店長の私有地で無断で釣りが出来るとは!?一体何者だろうか・・・まぁあまり係わり合いになりたくない人物だろうと言う事だけは予想できる(笑)
「よし、ココから入ろう」
先ほどの知り合いの居た場所から少し上がった所には、コンクリートで固めた堰堤、というか四角いプールのような場所があった・・・店長が作った場所にしては
「らしくない」
「まぁ放してある魚が魚だからな!仕方が無いんだが・・・まぁやってみろ」
何が居るんだろうか?尺イワナを邪魔呼ばわりするほどの魚だ!私の期待感は最高潮に高まった!!
店長の指差す場所にCDCダンを落とすと反応があった、一瞬の手応えを残してバレてしまったが小物のようだ!
「ドライだと釣りにくいんだ、サイズも下げてミッジピューパ辺りを沈めてみな」
アドバイス通りにミッジピューパを沈めると、すぐに手元に小気味の良いアタリがきた!
引きから判断するに、それ程大きくは無さそうだが慎重に寄せる
すると黒っぽい魚体が姿を表した・・・一見するとヤマメのようにも見えるがパーマークが無い、しかも微妙に形が違う、ワザワザプールを作って放しているんだからヒメマスか?
ネットを使うほどのサイズではなく、岸際に作ってある窪みに誘導すると、珍しく店長がフックを外してくれた、それ程貴重な魚と言う事なんだろうか?
「店長、これはヒメマスですか?黒っぽいですが・・・」
「クニマスだ!」
「え!!?まさか・・・」
クニマス、田沢湖にかつて生息していたこの湖の固有種で、ダムを作る際に引き込んだ強酸性の温泉水で絶滅した・・・と言われている
絶滅危惧種、天然記念物なんて問題にならない、
「絶滅したはずの魚」だ
とても信じられないが、この店長、こと釣に関しては「本当のことは言わない」と言う事はあっても嘘はつかない人だ!恐らく本物なんだろう
「どうだ、驚いたか?」
そりゃあ驚くって、数十年前に絶滅したはずの魚が、今目の前にこうしているんだから!!
「どこで捕まえてきたんですか?」
私は興奮して尋ねた、まぁ当然だ
「秘密に決まってるだろ!」
まぁコレも当然の答えだ・・・(;^^A
「しかし、クニマスって一時期見つけたら500万円っていうキャンペーンありましたよね?なんで名乗り出なかったんですか?」
この店長なら、金より魚・・・有り得ない話ではないが
「・・・無理だからだ」
「どう言う事ですか?」
「・・・後で話す、先に行こう」
プールを過ぎると、渓相は元の細い渓流に戻り
店長は、大岩の横の巻き返しを指差した
私は5連続すっぽ抜けの汚名返上とばかりに、その少々難しいポイントにフライを打ち込み、上手に反転流に乗せた
「ほぉ~やるもんだ」
店長からお褒めの言葉をもらうほど、最高の場所を流れるフライ!
ゴボッ!当然のごとく一発でバイト!
引きは大した事無かったが、寄せてくると25cmくらいのなかなか良型だ♪
例によって岩で作った生簀に魚を誘導し、店長が速やかにフックを外す・・・
横たわる魚体はイワナ、しかも背中に白点が無い
「お♪、コレはヤマトイワナですね!」
「いや、キリクチだ」
「な!!!」
またしても驚いた、クニマスのような絶滅種ではないが天然記念物の希少種だ!
・・・なるほど読めて来たぞ
店長が言っていた
「自慢のコレクション」とは、つまり日本の渓流に居る希少種をこの川に集めて放してある。と言う事なのか!
凄いとは思ったが、少し店長の事を見損なった・・・
「希少種」「絶滅危惧種」と言っても、その価値は本来の生息域に、本来の姿のままで、ネイティブが生息している事にある!いつもそう言っていたはずなのに、自分の趣味のために希少種を集めて自分所有の川に放すなんて!
「おい、チョット用を足してくるが、次の場所にも面白い奴が居る。釣ってみな!」
あなたにはガッカリしました!・・・なんて言いたかったが、言えるはずも無い(汗)
「はい、判りました♪」
それに興味も無い訳ではない(笑)
次の場所、ポイントは緩い流れの瀬だった
中央の流れにフライを投げる、特に工夫も無く流れるそのフライに、またしてもあっさりバイト!
今度はかなり良い引きだ、尺クラスのパワーに加え、緩いとは言え瀬の流れが加わる・・・
#3のロッドに、7Xのティペットでは心もとない
それでも上手に突っ込みを交わしながら寄せてくると、今度はヒレが赤く背中の白点が特徴的な見たことの無いイワナが上がってきた・・・
特徴から判断するに
「サトミイワナ」なんだろうか?これも天然記念物だ・・・あ~あ、犯罪だよ店長
さてフックを外してやらないと
周りを見渡すが良い場所が無い、魚体も大きいしランディングネットを使った方が良いだろう
背中のネットを外し、寄って来たサトミイワナをすくう
それにしても赤い綺麗なヒレだなぁ、どれどれ
ネットに入った魚体を覗き込むと・・・・あれ?
ランディングネットの中にいたのは、何の変哲もないニッコウイワナだった
脂鰭にはタグが打ってあり、
『封霊』と文字が書いてある
・・・
・・・
・・・なんだか嫌な予感がしてきた
「あ~あ、ネットを使っちまったのか!?つまらん・・・」
「なんですか、どう言う事なんでしょうか?」
私の質問には答えずに、店長はネットの中のニッコウイワナを生簀にいれ、手をかざして何やら一言二言呪文を唱え始めた
すると、ニッコウイワナだったはずの魚が、またヒレが赤く背中に虫食い上の白点のあるサトミイワナに変化していたのだった!
「なんだ、結局クニマスもキリクチもサトミイワナも幻術かなんかだった、と言う訳ですか?」
まぁ充分すぎるほど不思議な(異常な?)話なんだが、感覚が麻痺してしまったようだ(笑)
「いや違う、ある意味では全部本物だ!」
「言ってる意味が全然わかりませんよ」
「要するにだ、この川に居る希少魚種は、全部『幽霊』なんだ!」
「なるほど!そういうことですか!!全く判りませんが(ヤケクソ)」
もう何が起きても不思議じゃない世界なんだココは・・・あるがままを受け入れるしか無い・・・
「ここは、元々さっき下流であった釣魔栗堂先代店長の叔父が作った川でな・・・」
店長は秘密を語り始めた
各地で見つけた絶滅種や希少種の幽霊と言うか
『魚霊』を放して元の生きていた状態を再現した
『箱庭』のような物らしい
今の店長が関わるようになってからは、ただ魚霊を放すだけではつまらないので、同じくらいのイワナに希少種の魚霊を憑依させ、釣って眺めて楽しめるように改良したのだと言う
しかし、特殊な処理をしていない物品に触れると術が解けてしまう・・・つまり先ほどのように普通のランディングネットですくってしまうと、元のニッコウイワナの姿に戻ってしまうと言うことなのだ
「20年前に叔父がこの川に遊びに来るようになってからは、幽霊でも釣れるように下流部には憑依させてない魚霊だけを集めてあるんだ」
なんだか聞き流せない事をサラリと言ったような気がする・・・
「だからさっきの6連続すっぽ抜けは、そう言う事だ!、ハハハ幽霊なんだから釣れるわけが無い!」
「ハハハハ・・・ですよね♪・・・・ってチョット待ってください!」
思わずノリツッコミをしてみたが、もう訳が判らない、幽霊でも釣れるようにって・・・それはつまり
「そう、叔父は20年前に死んだ・・・山で行方不明になってそれっきりだ、死体はまだ見つかってないが、良くここで釣りをしている・・・まぁそう言う事だ。デカイ魚を釣れば成仏するんじゃないかと大きい魚霊を集めては放しているんだが、明らかに楽しんでやがる!!釣りバカなんだよ叔父も・・・アイツも・・・な」
店長は苦笑いしながら呟いた
何だか私にも判るような気がする、心残りがあるわけじゃないんだ、ただもっと魚が釣りたい!それだけなんだろう・・・
しかし一つ気になることが
「アイツって・・・」
私が聞くと店長は、上流の落ち込みの上を指差した
そこには、比較的若い釣人が立っており、我々に気が付くとニッコリ微笑み、軽く会釈をしてロッドを振り始めた。店長は先ほどと同じように右手を挙げて挨拶を返し
そして寂しそうに笑った
「7年前に死んだ息子だ・・・」
私は、もう何も聞く事が出来なくなった
「すまんな、思い出話を語るために連れてきたわけじゃないんだ」
「いえ良いですよ、判ります!確かにココは物凄く『良い所』ですよ、釣りバカたちの夢の跡なんでしょうね、ココは・・・」
私は正直にココの場所の感想を言った、来て良かった、コレだけは断言できる
「ほぉ~、判ったような口を利くようになったもんだな!」
「店長に鍛えてもらったおかげですよ」
私たちは最後には笑いながら、この川を後にした
帰りの車の中、後ろを振り返り、遠ざかっていくゲートを見つめながら店長がボソッと言った
「俺もその内あの川に立つことになるだろうな・・・だから今はまだあそこでは釣をしないんだ・・・そしたら、お前あの川の管理をやってくれないか?」
私は何も答えなかった
「私も・・・」
そんな風に考えてしまいそうになったが、考えるのを止めた
まだ「この世」に行きたい川が沢山あるんだから!!
Kawatombo Ken
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