「あれっ!?川戸さんじゃないですか!」
パトカーの一台から、見覚えのある顔が現れた
愛甲(あいこう)刑事ここの県警の人間で、私の釣り仲間の一人だ
あの事件、藍色ヤマメの保護活動家三里則和氏・・・高名なFFMでロッドビルダーでもある彼の死を調べようとした時に知己を得たのだが、愛甲刑事もまた自然を愛するFFMであり、あっという間に意気投合したのは言うまでも無い
この川を遠征の目的地に選んだのも彼の勧めがあってこそだったのだが、まさかこんな状況で早めの再開を果たす事になろうとは!?
「まさか第一発見者が、川戸さんなんですか?」
「いや私の部下の伊佐が、あそこで聞き込みをされている奴がそうなんだが・・・それよりもこの被害者なんだけど」
すでに鑑識班が現場検証を始めている遺体を指差した
愛甲刑事は、形式的に手を合わせ一言二言念仏らしき物を唱えると、眉に皺を寄せながら顔を確認した
「溺死にしては顔が綺麗ですね・・・、死んでから川に流されたということなんでしょうね」
「ええ、ですが私が言いたいのはそう言う事ではなくて・・・この被害者は鬼頭雅義では無いかと、覚えてないですか?」
愛甲刑事は首をひねりながら、遺体の顔を再度確認したが
「確かに、言われてみれば・・・いや間違い無い、鬼頭雅義ですね」
「あぁ・・・」
胸を突き刺すような嫌な思い出が、私と愛甲刑事の脳裏に浮かび上がってきた
普通なら記憶に残るはずも無い単なる一容疑者(と言うか参考人)、捜査線上に名前があがり事情聴取はされたものの、その後すぐに轢き逃げ事件とされ、犯人のトラック運転手も自首してきた
言わば解決済みの
『交通事故』、捜査一課の刑事愛甲の記憶に残っていない方が自然だ
しかし、もっと重たい
『事件』だったのだ、少なくとも釣り馬鹿である私と愛甲刑事にとっては
「免許証でも持っていてくれると、もっと話が早いんですがね、まぁでも間違いないでしょう、鬼頭雅義、この名前で確認を取ってみる事にしますよ
もしかしたら捜索願が出ているかもしれません」
「そうですね、それに川原に乗り捨ててある車があるんじゃ・・・おっと失礼!いくらなんでも越権行為でしたね」
「いやいや、良いですよ気にしないでください、我々の職業病みたいなものですからね」
すでに周囲には非常線が張られ、遺体周辺では数人の鑑識班が写真を撮ったり、遺品の可能性のある物を採取したりと忙しく動き回っている
思うに彼らが来る前にもう少し遺体を調べておけば良かった、しかし今となってはまさに越権行為そのものになってしまう、それは何ともマズイ
残念だが、ここは彼らの捜査の結果を待つ事にしよう
「川戸さん、それに伊佐さんでしたっけ?ここは寒いですし、後は署の方で話を聞かせてもらっても良いでしょうか?・・・言いにくいんですが、第一発見者ですし、被害者の事もご存知のようですし」
要するに、我々は疑われても仕方の無い状況と言う事なんだろう
まぁ当然だ、いくら本庁の人間とは言え、第一発見者に詳しい事情聴取もせずに帰してしまっては、愛甲刑事と県警の面子を潰す事にもなるだろう
「気にしないでください、私も現場の刑事ですから、そういった事情は充分理解できますよ
しかし、せめて着替えをしてから自分達の車で行っても良いですかね?勿論、愛甲さんに同乗してもらいますから」
愛甲刑事はホッとした顔になった
「お気遣い申し訳ないです、そう言う事であれば、ぜひ便乗させてもらいますよ
運賃は・・・そうですね、明日入れる秘蔵のポイント情報でどうでしょうかね?」
私も心底ホッとした、本庁と県警、立場の違いでギクシャクしてしまっては、今後釣り馬鹿同士として一緒に川に立つのが難しくなってしまう・・・
ひとまず私と伊佐の二人は下流にある車の所まで戻り、ウェーダーを脱いで着替える事にした
9月と言えどまだ残暑は厳しく、いくら防水透湿と言えどウェーダーの中は汗でぐっしょりだ・・・
脱ぐと外気の涼しさが、身体を生き返らせてくれるように気持ちが良い
魚が釣れていれば、ここでのタバコの一服は何にも変えがたく美味いものだが、これから遺体の第一発見者として、形式上だけとしても連行される事を思うと、惰性の1本となってしまう事が何とも残念だ
だらしない格好で、道端の石に腰掛けて汗が引くのを待っていると、地元の人らしい軽装のFFMがやって来た
「釣れますか?」
「・・・いえ、今日は全くダメですね・・・そちらは今日はもう上がりなんですか?」
「いやいや、先ほどこの上流部で釣人の遺体が上がりましてね」
「私が発見しちゃったんですよ、それでこれから警察の事情聴取に行かないとならないんですよ」
その釣人は、顔面蒼白になりブルブル震えだした
「そ、そうなんですか、時間が少しずれて居たら、私が発見したかも知れないんですね・・・怖いですね」
そうだろうな、仕事上死体と遭遇する事が多い我々ですら、突然の死体発見には狼狽してしまったのだから、一般の人なら尚更だろう
「そう言う事なら引き返したほうが良さそうですね」
「そうですよ、止めた方が良いですよ」
ふと見ると、その釣人はバンブーロッドを持っている・・・特徴的なひょうたん型のウッドグリップには見覚えがある
「そのロッド、ミサトバンブーですね」
「え、ええ、良くご存知ですね・・・」
「いやね、そのロッドのビルダーの方とは面識があったものですから、しかし見たことの無いモデルですね」
私の知っているミサトバンブーに比べて、洗練されていないと言うか・・・模造品か?
「い、いや、まぁ、それ程のものではないんですよ、あ、ああ・・・い、急いで戻らないと、連れが居るんですよ、彼にもすぐ知らせてあげないと・・・」
妙だな?と思った私は後ろ手で、伊佐にサインを送った
「そうですか、引き留めてしまって申し訳有りません、全くこんな事になるなんて、ツイてないですよね」
「ええ、まぁ・・・それじゃあ、私はこれで・・・」
その釣人は、まるで逃げるように着た道を引き返していった
「やっぱり、一般人はビビリますよね」
「で、撮れたのか?」
先ほど後ろ手で送ったサインは、『気づかれないよう写真を撮れ』と言う仕事でコンビを組んでいる時に使っているいつもの合図だった
三里則和の事件の容疑者である鬼頭が死体となって発見された直後に、三里氏の作ったバンブーロッドを持った釣人が現れる・・・
無論この程度の事なら、偶然と言える範疇に入ることではあるが・・・
「え?何の事ですか???」
伊佐は、キョトンとしている・・・まさか!?
「さっき俺が後ろ手で、こうサインを送っただろ!」
「いや、手首が痒いのかなぁって・・・・あ!!!こっそり写真を撮れ・・・でしたね」
「・・・・・」
全くコイツは相変わらず機転が利かない、刑事としては致命的だぞ
「スイマセン、まさかこんな所でサインが出るなんて思っても居なかったもので・・・でもあの人そんなに怪しいようには見えなかったけどなぁ・・・」
「まぁ、俺の気のせいだと思うんだけどな」
私の脳裏には、先ほど見たバンブーロッドが焼きついていた、何か違和感を感じた・・・
歩いて、着替えて、一休み、そして車に乗って、と現場に戻ったのは結局一時間以上経ってからだった
流石にそれだけ時間が経つと、現場周辺には記者クラブから駆けつけてきたマスコミ、野次馬と騒がしくなっていた
「Kenさん、あれは被害者の家族の方じゃないでしょうかね?」
すでに川から引き上げられ布を掛けられた遺体の前で、女性が一人泣き崩れている、年恰好から奥さんだろうか?
「随分早く駆けつけてきたんだな」
「やはり川戸さんの言うとおり鬼頭雅義でしたよ」
愛甲刑事だ
「昨夜から捜索願も出ていまして、丁度家族の方もこの周辺を探していたようでして奥さんの携帯に連絡したら、すぐ来られたみたいですよ」
被害者遺族の身元確認の場には、居合わせたことはあるが、いつ見てもこの光景は辛いものがある
この被害者には少々思う所が無い訳ではないが、我々の仕事はあくまでも法の裁きを受けさせるため逮捕する事であって復讐する事では無いのだ
「あの人は娘さんですか?」
遺体の前で泣き崩れている奥さんから少し離れた場所で、見つめている若い女性の姿が目に入った
「確認した訳じゃないですが、そうだと思いますよ」
その娘(?)はくるりと両親に背を向け、俯いたまま現場を離れて行こうとした
見ているのが辛いんだろうな・・・と思ったのだが
「あんな奴、死んで当然だったのよ!」
私とすれ違う時耳にした彼女の言葉には、明らかに憎悪と侮蔑を含んでいた
その夜、私と伊佐それと愛甲刑事は地元の居酒屋に居た
我々の事情聴取と言っても、第一発見者としての通り一遍のものであって、その日の釣が台無しになっただけで特に何がある訳でもなかった(事実、遺体を発見した以外に何があった訳でも無い)
「いやぁ~申し訳ない、折角私の勧めでこんな所まで来てくれたと言うのに、事件に巻き込んでしまって」
愛甲刑事は、済まなさそうに私のグラスにビールを注ぎながら言った
「いやいや、愛甲さんのせいではないですよ、まさか川原で遺体を発見してしまうなんて・・・想定できる訳が無いですよ、本当に気にしないでください」
返杯をする、そしてやはりこう言う時は
『被害者の方に献杯』なんだろうな、刑事としては・・・
1杯目のグラスを空にすると、伊佐が早速口火を切った
「で、鬼頭雅義ですが、やはり殺されていたんですってね!ビックリですよ」
「え、誰から聞いたんですか?」
驚いた顔をする愛甲刑事、この人もあまり刑事向きでは無いのかも知れない・・・
「ハハハ・・・鎌を掛けられたんですよ、見事に引っ掛かりましたね」
「参ったなぁ・・・」
愛甲刑事は苦笑いをして頭を掻いた
この伊佐と言う男、他の事はともかく聞き込みの才能だけは相当なものだ、キャラクターと言うか人柄なのか刑事でありながら人からの警戒を解くのが実に上手い
私が事件捜査においても良くコンビを組んでいるのは、そういう能力を買っての事だ
「じゃあ、正直に言いますが内緒ですよ・・・」
愛甲刑事が教えてくれた内容は、大体こんな感じだ
・被害者は鬼頭雅義45歳、職業は林業、大杉川の上流域の山をいくつか所有している地主との事
・死亡推定日時は、9月13日(昨日)の午前7時半以降~恐らく14時の集中豪雨までの間
・当日は、遺体発見場所の大杉川に釣りに行くと家族に言ってあったようで、実際に彼の車が発見場所から2kmほど上流で見つかっており、5時少し前に川原に下りる姿を目撃されている
・死因は、まだ調査中だが胸に刺し傷が見つかっており、恐らくはそれが致命傷になったのだろう
・13日の夜午後9時くらいに集中豪雨にあり、大杉川流域で鉄砲水が起こり、殺害場所の痕跡、凶器の刃物共に、流されてしまっている事が予想され、その捜索は困難だろう
「死因はまだ確定していないんですが、殺人事件として捜査本部が置かれる事になりそうですね」
やはり・・・予想はしていたが、殺されていたとは・・・
「で、容疑者にはあたりが付いているんですかね?もしや、『あの事件』が・・・」
「ダメです!もう勘弁してください、捜査情報は部外者には極秘!判ってくださいよ」
しまった、聞き方を間違えた・・・大人しく伊佐に任せておくべきだった
振り向くと、珍しく失敗をした私に伊佐は勝ち誇った顔をしてニヤ付いていた、事情も良く判って居ないくせにムカつくなぁ・・・
仕方が無い、これ以上突っ込んでギクシャクしてしまうのは不味いだろう、話題を釣りの話に戻す事にしようか
「で明日のポイントなんですが、良い所はどこか無いですかね?」
極めて明るく、少々わざとらしい笑顔を浮かべて探りを入れてみると
愛甲刑事にもその空気を察してくれたようで、此方も取って付けた様な明るい口調でそれに応えてくれた
「そうですね、増水の影響はまだ消えていないですから、この松沢川の支流に入るのが言いと思うんですよ、遡上している魚も居るはずですから期待できますよ」
そうか、なるほど!流石は地元の釣人情報、的確だ
今日入る場所も事前に情報を聞いておけば・・・遺体にも出くわさなかったし、釣りも楽しめたし、愛甲刑事との再会ももっと楽しいものにはずだったのに・・・
「ところで藍色ヤマメの生息域って、この辺りでしたっけ?」
伊佐の奴が、またKYな質問をしやがった!
まぁ事情を知らない訳だから、致し方が無いことではあるが
「う~ん・・・どうだったかなぁ・・・」
また、私と愛甲刑事の間に微妙な空気が流れてしまった
「ま、まぁ何にせよそう簡単に見つかる魚じゃないんだよ、明日は今日の分ものんびり楽しむことにしよう」
取り敢えずそう言って、この場を収めるしかないだろう
少々気まずい空気を残し、飲み会はお開きとなった
今回の事件の事も、藍色ヤマメの事も、外様の我々がとやかく言える問題では無い・・・そう言う事だ・・・
ま、明日の釣りを楽しむことにしよう
(3)へ続く
Kawatombo Ken
今回の話は、全てフィクションです
登場人物の名前、及び地名は、作者である私Kawatombo Kenの創作による仮名です
実在する人物、団体、地名とは関係有りません
とは言え、一部の登場人物にはモデルがいますが・・・(笑)
閑話休題
伊佐:
「愛甲刑事って、下の名前は何と言うんですか?」
愛甲:
「正治だけど」
伊佐:
「何ですって!!じゃあ欧米風に言うとセイジ=アイコウかい!?」
愛甲:
「まぁそうだけど、それがどうしたの?」
伊佐:
「いやぁ~そう言わないと、気づいてくれるかどうか不安で・・・」
愛甲:
「誰が?」
伊佐:
「誰かが♪」(笑)
PS
今ネット環境が今一でして、お返事が遅れがちです・・・
申し訳ありませんm(__)m
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