釣り馬鹿刑事Kenの事件簿
~ヤマメの鎮魂歌~
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「釣り馬鹿刑事Kenの事件簿~ヤマメの鎮魂歌~(1)」
「釣り馬鹿刑事Kenの事件簿~ヤマメの鎮魂歌~(2)」
翌朝、昨日の事で大分疲れていたためだろうか?
けたたましく鳴り響く目覚し時計に二人とも気が付かずに、2時間も寝過ごしてしまった。
急いで昨日愛好刑事に教えてもらったポイントに行くものの、入渓ポイントにはすでに釣り人らしき車が・・・
「やはりダメか・・・」
「下流にも車が有ったしなぁ」
彼方此方と入れそうな場所を探してみたのだが、禁漁前の最後の土日とあって、どこに行っても車が止まっている。これがイワナの川であれば『竿抜けを丹念に探っていく』と言う選択肢もあるのだが、対象がヤマメとあっては先行者の後では釣れる気がしない・・・さて、どうしたものか?
「Kenさん仕方が無いですよ、支流を探して入ってみましょうよ!」
「ヤマメだぞ、支流には登らないだろ?」
「堰堤や滝が無ければ登る可能性はありますよ、それに放流して種沢にしているかも知れないじゃないですか!」
伊佐にしては良い提案だ、何にせよ竿を出さないことには釣れる可能性も無い、やってみるか!
側道から渓相を見ると、山と山の間の切れ込みが川と繋がっていそうな場所を見つけた。上からでは判らないが、支流が流れ込んでいそうな場所だ
幸い降りられそうな斜面もある、すぐ下流に車が止まっていたが、この時間でであれば頭を叩いて怒られることも無いだろう
「ここから降りてみるか?」
「そうですね、行きましょう」
川原に下りてみると予想通り支流が流れ込んでいた。支流側の渓相は昨日の大雨の影響が見られるものの、水位は適量と言っても良いだろう
魚が登っていても可笑しくは無いだろう、あとは先行者が此方に向かっていないことを祈るだけだ
「Kenさん、出ましたよ!!」
支流に入ってすぐの流心で、伊佐のフライに早速喰い付いて来た。こういう場所で釣れるということは、経験上先行者は居ない・・・よし!俄然やる気が出てきた
とやる気は出してみたものの、最初の伊佐の1匹以降全く反応が無い、それどころか虫は沢山飛んでいるのにライズも、逃げていく魚すら見つけることが出来ない・・・
本流からココまで堰堤も滝も無かったし、水量も水勢もヤマメにとって充分な沢のはず
「う~ん・・・居ないはず無い場所なんだけどなぁ・・・」
二人して手を変え品を変え釣りあがるが、やはりピクリとも反応がない、これは諦めて引き返した方が良いのかも知れない
「お~い!」
伊佐から私に先行を交代した直後、沢の上の道から声を掛けられた
ヘルメットに青い作業服、林業の方だろうか?
「ココじゃ釣れないよ、普段この沢は枯れ沢なんだよ」
「ええ!そうなんですか?」
「伏流水になっているから、もう少し上に行けば普段から流れも有るけど、魚は居ないよ」
「Kenさぁ~ん!ここは普段水が無いんですってよ!!」
聞こえてるよ!・・・しかし何てことだ・・・初日に続き、二日目にも暗雲が立ち込めてきた
しかしまだ午前中だ!別の場所を探せば何とかなるかもしれない、ならば急いで本流まで戻らなければ
ラインを回収しようとすると・・・
バシャ!!
水飛沫と共に、私のフライが水中に消し込んだ
久々の小気味の良い振動が竿を通して手に伝わってくる、引き味からして20cm程度の小物だろうが、いつもは伏流の場所から釣れてしまうとは実に運が良い♪
ネットに入れるほどのサイズでは無いが、出来れば流れの消えない所まで運んでやりたい、何より大水で出来た臨時の流れを登ってきた兵だ!敬意を表して慎重に扱ってやらなければ
おや!?これは!!
ムハンヤマメ・・・か?まさか・・・
「伊佐!釣れたぞ!!」
ムハンヤマメだと大声で叫びたかったが、貴重な魚だ!あの作業着の方が釣人である可能性も高い、出来れば秘密のままやり過ごしたいものだ
昨日に引き続き伊佐にサインを送る
『余計なことは言うな』、今度こそ気付けよ伊佐!!
「Kenさん、これムハンヤマメじゃないですか!!!」
バ、バカが!!
「あ、スイマセン・・・『余計なことは言うな』でしたね・・・」
はぁ・・・コイツはこれでも刑事なのか?
「え?まさか!?」
大きな声で振り向くと、先ほどの青い作業着の方が慌てて此方に向かってきた
まずいなぁとは思ったが、もはや手遅れだ
「これは・・・ムハンヤマメですね・・・め、珍しい魚を釣りましたね。本流から上がってきたんでしょうね」
何だか態度が妙だ、何かを隠そうとしているのが見え見えだ、しかしこの方は・・・どこかで見たことがあるような・・・
伊佐を横目でチラッと見る
「上流部に流れがあるみたいですから、そっちを探ってみましょうよ!そう言った閉鎖環境の方がこの手の魚が居る可能性は高いんでしょ?」
「ああ、そうだな」
私の脳細胞が高速回転を始めた、推理が間違っていなければ、この方は・・・
「ちょ、ちょっと待ってください」
慌てて私達を止めようとしているこの方は、そう!昨日
『造りの良くないミサトバンブー』を持っていた釣人だ、そして・・・
「なんですか?」
「いや、上流に行く分には良いんです・・・と言うか止める権限なんて無いんですから・・・でもこの事は、ここで藍色ヤマメが釣れた事は黙っていて欲しいんですが・・・」
「藍色ヤマメ?ムハンヤマメじゃないんですか?」
「え?いや・・・その・・・」
やはりそうか!
造りの良くないミサトバンブー・・・伏流水・・・上流には居ないと言う嘘・・・希少種のムハンヤマメ・・・黙っていて欲しいと言う頼み・・・そして藍色ヤマメ・・・
「あなた昨日我々と出会ってますよね、ひょっとして・・・三里則和さんの縁(ゆかり)の方ではないですか?」
「え、兄のことをご存知なんですか!?」
「三里さんって以前、Kenさんが話していた『あの事故』で亡くなった方ですか?」
「Kenさん?それにこのネット・・・もしかしてKawatombo Kenさんですか?」
そう言えば三里則和氏には、私の作ったハンドメイドランディングネットをプレゼントしていたのだった、
『お返しにバンブーロッドを』と言う話もあったのだが、刑事と言う立場で保護活動に深く関わってしまうことに躊躇していた私は、自分の素性を明らかにすることを避けるため、その嬉しい申し出を断っていた・・・今にして思えば実に勿体無かったが・・・(;^^A
「はい、Kawatombo Kenこと川戸健太郎です、生前の則和さんとはメールのやり取りだけでしたが、仲良くさせてもらっていました」
「そうでしたか・・・自分は三里則和の弟、久則です。兄から聞いています、素性は明かしてくれないがKenさんという心強い協力者がいると・・・その方のおかげで大学の研究者や、ユネスコの関係者と連絡を取る事が出来た・・・そう言ってましたよ」
とある掲示板で藍色ヤマメの保護活動をしている三里則和氏と知り合うことになった私は、何とかその活動を支援したいと考えた、直接関わることが出来ない分『人脈』を使えるだけ使って協力をした訳だ
無論私だけが協力していた訳では無いが・・・そうか・・・そんな風に思ってくれていたのか・・・
そして我々3人は故人の思い出話を語りながら、
『藍色ヤマメ』の生息域である上流部(奥竹沢と言うそうだ)へ登っていった
勿論、貴重な藍色ヤマメを釣るつもりは無い!
久則さんは
「ぜひKenさんには釣って欲しい」と言ってくれたが、丁重にその申し出をお断りした
すでに1匹釣って姿は拝ませてもらった訳だし、何より三里則和氏が守ってきたその沢を一目見させてもらいたい・・・ただそれだけだ
まぁその代わりと言っては何だが、奥竹沢の後に秘蔵のポイントを案内してもらえる事になった(笑)
「じゃあ、あのミサトバンブーは試作品だった訳ですね」
「ええ、兄貴の作るロッドの実験台にされていたんですよ、本当は完成品が欲しかったんですがね」
「ハハハじゃあ僕と一緒じゃないですか、僕もKenさんの作る試作品の実験台なんですよ・・・ねぇKenさん!完成品が欲しいなぁ♪」
「買え!一つ3万円なら作ってやるぞ」
「ハハハ・・・兄貴と同じ事いってますよ、自分は5万円だと言われましたがね」
「クラフトする人って、どうしてこうガメツイんでしょうね!」
何を言うか!!一つ作るのにどれ程の手間隙が掛かるか判っていないくせに!
試作品をタダで貰えるなんて君達は幸せなんだからな!
初対面でも釣りバカ同士の会話は実に楽しい・・・
約1時間のキツイ傾斜の山道も、それ程(笑)苦にならなかった
「この辺りからですね、生息域は」
見ると渓相は今までとはガラリと変わり、ブナの森の中を流れる緩やかな細い流れとなった
川の周囲には背の低い草が覆い茂り、実に幻想的な光景だ
日本全国各地の渓流を釣歩いてきた私だが、このような渓相にはお目にかかった事が無い・・・敢えて例えるならば、細い流れの日光湯川と言った所だろうか?
「ほら、あそこ!ライズしましたよ」
上から見ると25~6cmだろうか?定位しているヤマメが盛んに何かを捕食していた
釣人としてこんな光景を見せつけられたら堪らないが、極めつけの希少種・・・手を出す訳には行かないだろう
「釣ってくださいよ!」
「いや、しかし・・・」
「そう言わないで、兄もきっとKenさんになら釣って欲しいと思っていますよ!」
「でもなぁ・・・」
・・・
・・・
・・・
結局久則さんの勧めと繰り返すライズの誘惑に負けて、伊佐と私で1匹ずつ藍色ヤマメを釣らせてもらってしまった・・・
全く釣人と言うものは業が深い生き物だなぁ(苦笑)
.
この後は別の支流に連れて行ってもらうことになっていたが、すでに1時間の山登りで足はガクガク
何より一度は見てみたいと思っていた
『藍色ヤマメ』に出会うことが出来て、もうすでに満足だ!
久則さんを手伝って、産卵床になりそうなプールに溜まった木の枝や落ち葉を取り除く作業をして、残りの時間を過ごすことにした
幸か不幸か藍色ヤマメの生息域は、少し上流にある魚留めの滝までのほんの数百メートルのみ・・・作業の量としてはそれ程多くはなかったので、3人でのんびりやっても3時間ほどで終える事が出来た
まぁ、伊佐の顔には
『不満です!釣りたいです』と書いてあったが、そんなものは当然無視するに限る(笑)
帰り道・・・来た道は戻らなければならない、疲れきったりの傾斜はキツ過ぎる!
早く宿に戻って温泉に浸かって冷たいビールでリセットをしたい・・・それだけを心の支えに一歩また一歩とゆっくりと前に歩を進めていくしかないのだ
「そろそろいい年なんだし、山岳渓流は止めた方が良いんじゃないですか?」
「うるさい!!」
二人を見ると、どうやらヘバって居るのは私だけのようだ
私より10才も若い伊佐、地元で林業をしている久則さん・・・どう考えたって敵う訳が無い!
「もう少しですから、頑張ってください!」
「あのカーブの先に車が停まっているはずですよ」
「・・・ああ・・・」
声を出すだけでも疲れる
「そうそう、『アイイロヤマメ』のアイイロって青い色って事ですよね?」
「そうですよ」
「でも釣れた魚の色は白とかクリーム色でしたよね、なぜ『藍色ヤマメ』なんですか?」
二人の会話が聞こえてきた、まぁ当然の疑問だな
私が答えてやりたいが、そんな気力は無い・・・久則さんに任せることにしよう
「ここのヤマメは産卵期になると、どう言う訳だか銀化するんですよ」
本来なら降海型の魚が、海に下る時に起きる銀化・・・なぜこんな閉ざされた小河川にいるヤマメが銀化するのかは謎だ・・・
三里さんから教えてもらったことがある
「パーマークの無いムハンヤマメですから、それこそ鏡のように銀色になるんですよ」
「へぇ~不思議ですね!」
何が不思議なのか判っているのか!?
「で、ちょうどその頃川原に生えている草・・・あれは皆『藍』なんですよ、染料になるあの『藍』ですよ。その藍が花を咲かせるんですよ!」
「判ってきました、その青い花が銀化したヤマメの身体に写りこむんですね」
「そうです!そりゃあ見事なものですよ!!川原一面が真っ青になるくらい群生してますからね、まさに藍色のヤマメになるんですよ」
「そりゃあ凄い!!一度見てみたいものですね♪」
「ただ・・・残念ながら、その時にはすでに禁漁期間ですからね!釣り上げて観察する訳には行かないんですよ。まぁでも水中を泳いでいるヤマメすら藍色に見えますから、観察だけなら出来ますよ!」
・・・
・・・ん?それは変だぞ・・・
息切れに喘ぎながらも、疑問を口にしようとした刹那
「三里久則さんですね?鬼頭雅義の殺害事件について、少々お聞きしたいことがあるんですが、署まで同行願いますか?」
愛好刑事が警察手帳を持って現れた・・・
(4)へつづく
Kawatombo Ken
PS.
青い花・・・これは、今後の展開上で重要なファクターになります!
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