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2008年01月12日

応募作品その5 『少年とモンスターフィッシュの幻影』

連続して、次の作品が( ; ゚Д゚)
5作目の応募作品が届きました!!
今回はかなり読み応えのある作です(^^)b
作者は、「釣れない釣り人 徒然ジムニー oko'sblog」のoko-rocksさん!
公平を期するために、文字の編集・写真の添付等はしておりませんので悪しからずm(__)m

なお、この作品の感想等のコメントに対して私が答えるわけにもいかないので
コメントは、oko-rocksさんのブログにぜひお願いします(^^)b
もちろん、こちらに書いていただいても構いませんが、私も一読者としての返信しか出来ません。
(その場合は、oko-rocksさん!お返事はご自由に書いてくださいね♪)

それではどうぞ!!


「少年とモンスターフィッシュの幻影」 by oko-rocks

 少年のほかに誰も客がいない田舎町の釣具店。会計カウンターの奥では地元漁業協同組合の刺しゅうが入るキャップを被った店主が退屈そうに煙草の煙を燻らせていた。

安物AMラジオのノイズ交じりな懐メロが流れている古びた店内の片隅には、妙に不似合いなガラス張りのショーウィンドウが置かれている。その脇には千枚通しで開けられた穴にタコ糸を通して縛り付けられている釣具メーカーのカタログ本と釣り入門洋書がある。
鮒釣り用棒ウキと練り餌を買いに来たはずの少年の輝く瞳は何気なく手にしてみた表紙がひび割れて手垢まみれになったそれらの本を開いた瞬間に、目の前に広がる世界に釘付けになり引きずり込まれた。

「ゲームフィッシング」の項。ハンティングベレ-をかぶった老人が艶かしく鈍い光沢を放つ金属製ルアーをラインに結ぶ写真。
摩訶不思議な存在感のちいさな西洋毛鉤。ラインとともに宙を舞うその生命感。
信じられないほど鮮やかな色彩のサーモンフライとその緻密な説明文。そしてその釣り針を咥えた銀色に輝く魚体の美しき写真。

頬を紅潮させながらそれらを静かに読み終えた少年は、お目当ての鮒釣り道具を購入してちらりと一度だけルアーやフライ、鈍く輝くリールなどが陳列されているショーウィンドウを振り返り店から出ていった。
その少年の後姿をカウンター越しにさりげなく見つめる店主は、燻らせる煙草の煙越しに優しく目を細めていた。


 少年は夏休みのある日、友人とふたり電車とバスを乗り継ぎ深い霧が舞い降りる高原の静かな湖畔に到着した。
大事そうに手にする布袋に仕舞われているのは小遣いを貯めて入手したルアーロッド・・ライフル銃のような形状のラバー製グリップ。オレンジとあめ色をミックスしたようなグラスファイバーのブランク。
そしてロッドにはシンプルなシルバーボディーのクローズドフェースリールが装着されていた。

彼らはある「極秘情報」を入手していた。
「釣り人なんて誰も訪れないその湖には大きなレインボ-トラウトがいるらしいぜ。虹鱒なんかじゃないぜ!レインボーさぁ!」

まん丸な形の小さな湖の水面は鏡のように静かで、いかにもと言うような流れ込みや立ち枯れの木がひっそりとたたずんでいる。
霧の合間から覗く高原の夏の日差しは鋭く、空気は澄んで冷ややか。湖の周りを覆う木々や草花からは優しい緑の香りが漂っていた。
少年達は観光客用の貸しボ-トに乗り込みルア-をキャストし続けた。しかしアタリらしきものもなく時間ばかりが過ぎてゆく。

「自然というのはそう気安く期待に応えてくれるとは限らないんだ。」
そんな事に、少年達はようやく気がつき始めた。
それでも少年は、ほぼやけくそにルア-をキャストしカウントダウンをする。
「いち、に、さ・・なな、は・・じゅう・・」
そして、
「ガツン!」
リールを巻き始めた瞬間にロッドのグリップにものすごい衝撃が伝わる。そしてまるでラインの先にボ-トのアンカ-でも縛りつけたかのように、握ったロッドの先端が強烈に水面に向かって引き込まれる。
「な、何だ?根掛かり?魚?」
そして次の瞬間、ラインをたどる少年の視線の先には信じられない光景があらわれた。

木々の緑を映す水面を切り裂く様に、銀色に輝く魚体が水しぶきをあげてはじけ飛ぶ。空中にしばし留まるほどに高くジャンプするその魚体は、弧の字に身をくねらせ激しく左右に頭を振る。
一回、二回、三回…。その圧倒的パワ-に翻弄されてただロッドを握るだけの少年の目の前を、銀色の弾丸の様な魚体はタタタ・・!と音をたて、その大きく強靭な尾ヒレで水面をたたきテイルウォ-クを繰り返す。
その魚体が持つかつて味わったことのないほどの生命の躍動感が、ラインを通して彼の体の中に伝わり少年は愕然としていた。

どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。少年にとっては数分だったような気もするし、数十分だったような気もする。だんだんとジャンプする間隔と回数が減ってきた銀色の魚体は、ようやく少しずつ彼らのボ-トに近寄ってきた。
そして彼らはやっと手元近くまで寄せられてきたその魚体を目のあたりにして、小さく驚きと喜びの声を上げた。
「うわあ、レインボ-トラウト・・。」
釣り堀や河川の釣り大会などで見るどんなに大きな『虹鱒』よりも、その体は美しく銀色に輝き湖を悠然と泳ぐにふさわしいその顔だちは鋭かった。
うっすらとゴ-ルド・ピンク・グリ-ンの色彩が浮かんだ体高のあるプロポ-ションは威厳に満ちている。尾ビレはくびれていて完璧に整った形をしており、背ビレなどの部位や魚体のバランスは野生化した魚のみが誇示できる力強さをあらわしていた。

いまやレインボ-トラウトの目つきからは精悍さが失せて、観念した表情で大きく広げる口とエラは渓魚の疲労と敗北を象徴していた。
いくらか西に傾きだした真夏の太陽は相変わらず彼らの肌を灼きつけ、少年は日差しの眩しさと獲物をそっとハンドランディングした悦びに目を細めていた。


 時は流れ少年が住む静かな田舎町に突如活気が訪れた。国内有数の大手企業施設誘致により日を追うごとに人々があふれ始めたのだった。
町外れの山の麓に建設された工場は増設に次ぐ増設を繰り返し、まるでモンスターのように施設が肥大化して町の象徴的な建造物となった。周辺に乱立する住居ビルディングや年々延長工事される整然と整備された道路やショッピングモールもそのモンスターの血管や臓器のように増殖していった。
少年はいつしか青年になりそのモンスター企業の下請け工場で働くようになった。勤勉に働く日々の息抜きに休日には、時々工場がある山の麓から程近いちいさな渓流に出掛けた。

町の人口が多くなるにつれてその渓流と山々は荒れていった。レジャーなどで訪れる人々にごみを捨てられ産業廃棄物の不法投棄も多かった。
静かに流れていた川にある年「砂防ダム建設予定地」の大きな看板が立てられた。着工はまだまだ先の話ではあったが。調査と称し工事用の車両が出入りを始めた途端に渓魚は姿を消し、青年はその川に訪れなくなった。

寡黙に働き続ける日々を送っていたある夏の日、青年は突然思い立ったように古びたライトバンの荷室に釣り道具と寝袋そしてソロキャンプ道具一式を積み込み北の大地に旅立った。


 早朝から高速道路をひた走り、到着した港から乗り込んだカ-フェリ-は夕暮れに拍子抜けするほど小さな港町に到着した。フェリ-を降りて車を走らせると、たちまちのうちに辺りは闇に包まれた。
夜通し車を走らせて北上する彼はやがて疲れで力尽き、闇夜の国道脇パーキングスペースに車を止めるやいなやそのまま崩れる様に深い眠りに就く。
  
翌朝、眼が覚めるとそこは広い原野のど真ん中だった。駐車する彼の車のすぐ脇を何台ものトラックが唸りをあげて走り去ってゆく。
青年は旅を急いだ疲れからか頭痛がひどく喉がカラカラに乾いており、さらに車のガソリン残量はゼロに近かった。辺りはどんよりと曇り空でトラックがまき散らす排気ガスが風景をさらに暗くしているようだった。
やっとのことで起き上がりエンジンをかけると、ガソリンとその日の食糧とビ-ルを求めて彼はゆっくりと車を走らせた。
いくつもの街や村を通り過ぎて国道を北上すると、ようやく目の前に広がる景色は自然に満ちあふれてきた。

名も知らぬ真っ白い花が辺り一面に咲き乱れる平原。恐ろしいほどにひと気の無い静かな河の流れ。雨に濡れ深く緑を敷きつめた山々。その間を通るワインディングロ-ドを駆け登ると、その先の眼下には雲の切れ間からのぞく太陽に照らされた蒼い緑の大地が広がってゆく。
そしていくつもの雨雲と青空を追い抜いて「モンスターフィッシュが棲む」と言われる湖に着いた。

 目的地に到着した彼は、はやる心を抑え野営の準備を済ませてテントを張り寝袋を干して身じたくをすると、おもむろに釣竿と小物がいっぱいに詰まったフライベストを鷲掴みにして湖畔に足を急がせた。

彼のフライロッドには重々しく無骨なアメリカ製フライリールが装着されていた。やや色褪せているオレンジのフライライン、極太サイズのリーダー&ティペット。その先には青年がラビットスキンを用いてフライフィッシング教書を見よう見真似でタイイングした大型のフライが結ばれている。

先客に一人釣り人の姿が見える。かなり大型のミノープラグをラインに結んでいるが、煙草をふかす仕草ばかりで積極的にルアーをキャストしている様子にも見えない。
青年もどれだけの時間、何百回とフライをキャストしただろうか。真夏の晴天にが照りつける水面は沈黙して、モンスタートラウトの気配は感じられないと思えた。
透き通った水の中にはワカサギやウグイの稚魚が無邪気に泳ぎまわり、岬の先端に立つ青年の足元を戯れている。
「とても釣れる雰囲気や時間帯じゃないな・・。」

しかし次の瞬間、青年はは口から心臓が飛び出そうな驚きに襲われて視界の端に起きた光景を凝視した。
先程までのどかに泳いでいたワカサギの群れが、まるで雨あられが降るような音を立てて逃げまどう。
静かだった水面は小刻みに震え波立っていた。そして逃げまどい飛び散るワカサギの群れの塊の中から、銀色の巨大な魚の頭が大きく口を開けてたちそびえた。

「イトウだあ!モンスタ-だあ!」
直感的に彼はそう思った。信じられない光景だ。白昼堂々しかも近くを観光遊覧船が行き来する長閑な景色の中、怪物は悠然と無数のワカサギをもてあそぶかの様に轟音をたててライズしている。
「ガバッ、バシャッ…。」
あっけにとられながらも彼は、すかさずそのライズに向けてフライをキャストしたがまったく反応は無く水面に静けさが戻ってしまった。

ガツガツと背後から慌しい足音がしたかと思うと、地元の釣り人らしい中年男性が駆け寄ってきた。
「お前、ミノ-プラグ持ってねえのか、でっけえやつ。なんだぁ、毛鉤かぁ。馬鹿でけぇの結べよ!」
男が彼の所にゆっくりと近付きながらながら叫んでいた。
「あれが、もしかしてイトウ、ですか?」
「ああ。60~70センチメ-トルくらいかなぁ。そう大きくはねえぞ。俺は前にここで1メ-トルっくらいのを見たことあるぜ。
お前、イトウ釣ったことあるか?」
「いや、とんでもない。そもそも初めてこの湖に来たんですよ。」
「ほう、初めてここに来ていきなりイトウを見れたのなら良かったなあ。ついてるぞ、お前。」
「すごいの、見ちゃったな。」
会話がとぎれた瞬間に、もう一度モンスタ-は少し場所を移りワカサギを
追いまわし、再びその気配を消してしまった。

 ぶっきらぼうな口調で、でもとても暖かく語るその男は、煙草を岩に押し付けて消火させると手際よく携帯灰皿をポケットら取り出して荷物をまとめ始めた。
2~3本のやけにごつい感じのルア-ロッドをスピニングリールが装着されたままベルトで束ね、飾りけのないディーゼル4WDのトラックに乗り込んだ。
「がんばれよぉ。粘れば釣れるかもよぉ!」
男はウィンドガラスごしに力強くそして優しく手を振りながら、砂煙をあげて立ち去っていった。

青年は携帯ガスコンロでお湯を沸かしカップ麺とインスタントコーヒーを作り、じっと水面を凝視しながら胃袋に食料を詰め込んだ。
オレンジ、紫、真紅にと数分ごとに色彩を変える夕焼け、雷鳴を轟かせる不気味な厚い雨雲。次ぎつぎと押し寄せる様な空と大気の流れを見ながら、彼は途方もなく広大な原始時代の野原で独りだけ取り残されて釣りをしている様な錯覚に陥った。
フライをキャストする自分のちっぽけさと、こんな人間ごときの存在など目に入らんと言わんばかりに雄大にふるまう自然のスケ-ルの大きさを痛感していた。
そして彼はおそらく太古の人類とほぼ同じ気持ちで夕焼けを見つめていたことだろう。翌日の晴天と旅の幸運を願って。

何時間何百回とキャストしたことだろう。いくつの雨雲が通り過ぎただろう。先程まで時折彼のフライに食いついてきていた大きなウグイなどの魚信はすっかり遠のいて、ワカサギの群れたちの波紋もぱったりと止んだ。
フライボックスに残された大型のフライをきっちりとラインに結びつけ思いっきり沖にキャストする。
「すこし、疲れた、かな。」
ごつごつとした岩にもたれかかり、ゆっくりと力なくフライをリトリ-ブする。雨雲もすっかりと遠のいた空を見上げ、遠くから聞こえる水鳥の鳴き声に耳を澄ます。ぼんやりと岩の陰から水面をみつめるとフライが小魚のようにゆっくりと彼の方にたぐり寄せられるのが見える。
そしてフライに続いて、岩陰から大きな影が疲れて岩と同化してしまっている彼の方に近づいてくるのがぼんやりと見える。

ふっとロッドに重みを感じた彼は視界をはっきりさせようとする。その瞬間、彼の腰が抜けかかる。
「うわわっ。」
思わず彼は意味不明の声を上げる。何が何だか分からない、彼はまだいったい何が起きたのか、うまく把握できていない。
巨大な影がまさにその瞬間にすぐ足元で大型のストリーマーをくわえたのが、彼の目に映っているのだ。

気がつくと彼は岬の先端の岩の上に立ち両足をふんばっている。8番ライン指定のファーストアクションのフライロッドが弓なりになってラインが張りつめている。
興奮の坩堝にあるはずの彼の様々な感覚は不思議とやけにはっきりとしている。遠くのキャンプ場から子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。薄暗くなっているはずの空がいやに明るく見える。
ウェーディングシュ-ズの下の岩がごつごつと感じる。ロッドに伝わる魚の重みをずしりと体全体で感じる。

彼にはイトウのファイトが思ったほど強烈ではないと感じられた。十数年前のあの小さな湖のレインボ-トラウトの様には華麗なファイトを見せなかった。
それでもひとたび重い巨体を水面でくねらせるだけで、リ-ルのドラッグを鳴らし水中に潜ることが容易にできるパワーを持ち合わせている。その度に彼は右に左に岩の上を走り回る。
虹鱒や山女、岩魚とは明らかに違う体格。軽く70cmを越える巨体、彼にとってのトロフィーサイズ、しかも純粋な野生のランカ-。
大蛇の様に長く太い体。左右のヒレや尾ヒレがゆったりとなびく。大きく扁平した樣な頭、左右の目の位置はマス類に比べ離れて無表情な感じだ。すべてを飲み込んでしまいそうなを口は大きく開き、獰猛な歯が並ぶのがちらりと見える。

彼が所持していたランディングネットでは到底入りきらないサイズの魚体だ。強引に水際に引き上げてもその野生の魚体を傷つけるだけだろう。
彼はポケットからコンパクトカメラを取り出してネガフィルムの残量が続く限りシャッターボタンを押し続けた。
やがて巨体の底知れぬパワーにすっかり伸ばされてしまったフックは、彼がそっと手を伸ばすだけで意図も簡単にイトウの口から外れた。
せめて少しでも長い間自分の目に幻の魚の姿を焼きつけておきたいと思った彼は、まだ自分が釣り針から逃れられたことに気がついていないらしい魚体を見つめていた。そしてしばらくするとイトウはゆったりとした水の流れに揺られながら、ゆっくりと彼の視界から遠ざかり深場にもたもたと泳いでいった。

やがてイトウの姿が見えなくなるのと同時に、急に辺りは暗くなり再び雨音が忍び寄ってきた。彼は独りぽつんと湖の岬に立っていた。

 翌朝、彼は目覚まし時計のベルが鳴るのを待たずに目を覚ました。もぞもぞと寝袋から這い出ると辺りのキャンパーはまだ寝静まっており、テントのジッパ-を開ける音すら大きく聞こえてしまい気がひけた。
そろりそろりと外に出てみると、昨夜の雨雲は何処かに消え去り空は澄み渡っていた。さわやかな空気は彼の体の細胞のすみずみにまで浸透していく様だった。
そして彼は湖に眼をやった途端、靴を履くのももどかしくまだ覚めきらない目をこすりながら湖畔に駆け寄っていってしまった。
「あぁ・・。」
目の前に広がる鏡のように静かな湖面には、信じられないほど美しい朝焼けが、この世の始まり、原始の空の様に七色に輝き映っていた。彼は思わず砂地にひざまづいてしまい、赤・青・紫・白・オレンジに染まった遠くの空に見入っていた。
すべての音が消え去り、まるで時の流れが止まってしまった大地に独りだけ取り残されてしまったかの様に、または太古の時代に迷い込んでしまったかの様に、彼は呆然と朝焼けに照らされていた。

耳を澄ますと遠くから、モンスタ-級の魚が轟音を立ててジャンプやライズをしている音が聞こえる。ワカサギやらウグイやらがピシャピシャと可愛らしくライズするのも聞こえる。湖の小島を覆い尽くす原生林の緑からは、小鳥のさえずりや大きな水鳥が羽ばたく音がようやく聞こえ始める。
大自然の幾つもの生命たちが目を覚まし始めたのだ。大地は今日も無事に生きている。彼はなんだかとても幸せな気分になり、いつまでもこうしていたいと、いつまでもこうであってほしいと心から願いながら目の前に広がる光景を見つめていた。


 さらに時は流れた。過去には栄華を極めた地方都市のビル群は荒廃して墓標のように冷たく聳え立っている。あるとき突如企業が撤退し瞬く間にして住民の過疎化が進行し、誰もいなくなった町に変貌していたのだった。
町一番の大きな工場はSF映画に登場するモンスターのように不気味なほどに夕日のシルエットに映えている。

それらの工場地帯を横目に見ながら、その先の山間に流れるちいさな渓に初老の男は車を走らせていた。たどり着いた渓は青年の頃親しんだ景色の記憶と異なりグロテスクなまでのコンクリート護岸が施されており、まるで生命感などない流れに変貌していた。
しかしその中を流れる清冽な水には確かに渓魚が潜んでいる。

その衰退した地方都市の存在とともに皆から忘れ去られた名も無き小さな渓。誰も訪れることも無くなった渓で無邪気にライズを繰り返すイワナたち。
古びて無骨なアメリカ製フライリールを装着したロッドをゆったりと振る男。そのラインの先端に結ばれたトラディショナルなドライフライを、心優しき渓魚は疑いもなく咥えた。

その魚体の躍動感をロッドを通して身体の隅々まで感じる男は、くわえた煙草の煙越しに目にする魚体に優しく目を細めていた。
土砂や大岩で砂で埋もれつつある砂防ダムの流れに戯れる、一度は過去に姿を消した渓魚たちの再生。それを確認できただけで彼は満足だった。
彼にとってのトロフィーサイズのイワナ。爬虫類のような顔立ちとそれに似合わないスレンダーな魚体。この渓ネイティブ独特の容姿。

男はコンパクトカメラのレンズをイワナに向けた。若い頃出遭ったイトウを撮った写真はすべてピンボケの失敗作ばかりだった。年月を経て写真機は進化し失敗など無い高性能になっていた。その機体にはこの田舎町から立ち去ったモンスター企業が製造した精密部品が数多く組み込まれている。
しかし男はわざと水中の被写体をやや遠目にシャッターを切った。冷たいコンクリート護岸とその先の豊かな森の景色に溶け込む流れ、そして幻影のような渓魚の写真。
男は差し伸べたリリースネットに魚体を入れることなく、釣り針から外された渓魚が自力で泳ぎだすのをいつまでも待ち続けている。

いつしか木枯らしが吹き始め、男はロッドを仕舞い林道に置かれた車にゆっくりと足を運んだ。木々から舞い降りる枯葉に初老の男の姿が溶け込んでいった。


・・・・
・・・・
凄い重厚な作品ですね♪
一人の男の半生記、時代と共に移り変わる景色が、悲しくも美しく描写されてますね( ´∀`)ノ
また、この主人公の心理を風景の描写だけで表現している所が渋い!渋すぎる!!!

ストーリー自体は、なんてことの無い話なのに、グングン惹きつけられていきました!
圧倒的に文章が上手いんですねヽ(´ー`)ノ
矢口高雄さんに、漫画にしてもらいたい・・・(;^^A

Kawatombo Ken

PS.
もう、間もなく締め切りです「短編釣り小説大賞」
締め切りは、今月15日!!(当日の日付のメールであれば、受け付けます)
応募待ってま~す( ´∀`)ノ


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「少年とモンスターフィッシュの幻影」 by oko-rocks 少年のほかに誰も客がいない田舎町の釣具店。会計カウンターの奥では地元漁業協同組合の刺しゅうが入るキャップを被った店主が退屈...
「少年とモンスターフィッシュの幻影」【釣れない釣り人 徒然ジムニー oko's blog】at 2008年01月13日 21:07
この記事へのコメント
う~~~~素晴らしい~~~~凄すぎです(@@)!
Posted by 床屋のうっち at 2008年01月13日 09:12
うっちさん、どうもです!
本当に凄いですよね・・・(;^^A
文章力が素晴らしいですよね♪

ただ、今回の「釣小説大賞」は文章力を競うものではなく
「私は、どの作品が一番好きか?」
と言う事なんですよ!

もちろん、この作品、私はかなり好きですよ!!!
Posted by Kawatombo KenKawatombo Ken at 2008年01月13日 18:25
こんばんは、床屋のうっちさん!

「凄すぎ」なんて評価をされると思わずドキドキしちゃいます(笑)。
ワタシの人生で初めて綴った「小説」です・・最初は何気なく書き始めましたが、書き進めるうちにどんどんのめり込んでいきました(汗)。
あとはがむしゃらに書き綴って・・の作品でした。
Posted by oko-rocksoko-rocks at 2008年01月13日 20:54
こんばんはKawatombo Kenさん!

このたびはワタシのこんな短編小説を掲載していただきましてアリガトウございます!!
こんなワタシがフィクションを書くなんて・・でも何だかこれからハマってしまいそうな予感があります(笑)。
Posted by oko-rocksoko-rocks at 2008年01月13日 20:57
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